名古屋地方裁判所 昭和55年(行ウ)11号
原告
平野重之
右訴訟代理人弁護士
冨田武生
同
浅井淳郎
同
水野幹男
同
鈴木泉
同
宮田陸奥男
同
小島高志
同
岩月浩二
被告
津島労働基準監督署長柿本慎一
右指定代理人
鳥居康弘
同
鈴木邦介
同
小川允
同
杉浦功一
同
戸本忠憲
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が昭和五三年五月一七日付けで原告に対してした労働者災害補償保険法による障害補償給付支給に関する処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和四九年一一月一二日、住友重機械工業株式会社が請け負った近畿自動車道弥富高架橋工事現場において下請負人の作業員として作業中、転落事故により頭頸部、胸部、腰部等を負傷した。
2 原告は、右事故後直ちに愛知県厚生農業協同組合連合会海南病院(以下「海南病院」という。)に収容され、「頭部打撲挫創、胸部挫傷、肺損傷、腹部腰部挫傷、左横椎突起骨折、血尿、第四、五棘突起骨折、第四腰椎椎体骨折、外傷性耳鳴、第一腰椎圧迫骨折、頸椎捻挫」と診断され、昭和五〇年一一月二一日まで入院加療し、その後、同病院で通院加療の結果、昭和五三年一月三一日、症状固定と診断された。
3 原告は、残存後遺障害が存在するとして、被告に対し、労働者災害補償保険法に基づき障害補償給付の請求をしたところ、被告は、昭和五三年五月一七日、原告の残存障害は労働者災害補償保険法施行規則別表第一(以下「障害等級表」という。)の障害等級(以下「障害等級」という。)第五級の一の二(「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの」)に該当するものとして、同等級相当額の障害補償給付を支給する旨の決定をした(以下「本件処分」という。)。
原告は、本件処分を不服として、愛知労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をしたが、同審査官は昭和五三年八月二八日付でこれを棄却し、原告は、さらに労働保険審査会に対し再審査請求をしたが、同審査会は昭和五四年一二月二七日付でこれを棄却し、原告に昭和五五年三月三日その旨の通知をした。
4 しかしながら、原告は、次のとおり残存障害のため軽作業にも服することができない状況であり、障害等級は第三級の三(「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの」)に該当するものである。また、既存障害(右手二、三、四指欠損)もあるから加重されるべきである。
(一) 原告の症状
原告には次の諸症状が存するのであり、これらを総合的に見れば、原告が労務につくことは全く不可能であることは明らかであり、障害等級第三級の三に該当する。
(1) 頭部及び頸部の疼痛、耳鳴などの神経症状があり、これは今後も頑固に持続することが認められ、障害等級認定基準(昭和五〇年九月三〇日付け基発第五六五号労働省労働基準局長通達、以下「認定基準」という。)の「一般的な労働能力は残存しているが激しい頭痛により、時には労働に従事することができなくなる場合があるため、就労可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるもの」に該当し、障害等級第九級の七の二(「神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」)に該当する。
(2) 眩暈、著しい平衡機能障害(開眼にても直立極めて困難、三メートル以上の独立歩行困難)、頸部より両上肢、胸背部への放散痛、腰痛、胸痛、右手指の疼痛、握力減退等の自律神経障害が見られ、認定基準の「高度の失調又は平衡機能障害のために終身にわたりおよそ労務に付くことができないもの」に該当し、障害等級第三級の三に該当する。
(3) 右手の振せん、痙性跛行などの錐体外路症状、左手指の運動障害が見られ、認定基準の「生命維持に必要な身の回り処理の動作は可能であるが終身にわたりおよそ労務に服することができないもの」に該当し、障害等級第三級の三に該当する。
(4) 頸部の運動障害が見られ、これは疼痛のみに起因するものではなく、認定基準の「一般平均人の四分の一程度の労働能力しか残されていないもの」に該当し、障害等級第五級の一の二に該当する。
(5) 腰部から右下肢にかけての疼痛が見られ、これは認定基準の「麻痺その他の著しいせき髄症状のため独力では一般平均人の四分の一程度の労働能力しか残されていないもの」に該当し、障害等級第五級の一の二に該当する。
(6) 右上腕の運動障害及び変形性顎関節症も存するが、これらも本件事故と因果関係がある。
(7) 日常生活においても、起坐に介助を要し、食事の際箸を使用できず、衣服のボタンの着脱も不能な状況であり、現実に堀田千枝ないし中野某の介助を受けて生活している。
(8) 原告は、身体障害者福祉法一五条に基づき、「頸髄損傷による四肢しんせん麻痺、歩行起立位不能、平衡機能の著しい障害」とされ、同法の別表に定める身体障害者等級表による二級の認定を受けているものであり、このことは原告が障害等級第三級の三に該当することを裏付けるものである。
(二) 医学的検討
(1) 飯田宗穂医師の所見
同医師は、海南病院における原告の主治医であり、本件事故の直後から原告の診療にあたってきたものであり、前記(一)の原告の諸症状についても診断書に正確に記載しており信頼性が高い。また、同医師は、昭和五三年五月一一日付け診断書において、「頭頸部外傷後遺症、腰椎骨折後遺症、右の者(原告)頭書の疾患により頭痛、頸胸部痛、腰痛甚だしく労務不能と認めます」と診断し、労務不能であることを明記している。さらに、同医師は、原告の後遺障害は、外傷に基づく第二頸椎歯状突起骨折による環軸関節の脱臼によるものと説明しており、原告の諸症状は客観的、他覚的所見により医学的に裏付けられたものというべきである。
(2) 平林茂医師の所見
原告は、昭和六二年三月一八日、東京大学医学部付属病院整形外科において同医師の診察を受けたものであるが、同医師は、レントゲン撮影を行い、その結果第一頸椎の骨折線を認め、原告の頸椎回旋障害及び四肢麻痺は右骨折部位での頸椎損傷に起因するものと診断している。右診断は、第一頸椎のジェファーソン骨折に起因する第二頸椎の歯状突起による脊髄の圧迫の可能性を示唆するものであり、後記(3)の小菅医師のレントゲン所見として第二頸椎歯状突起基部に骨折線を認めたこととも附(ママ)合し、また、十数メートルの高所から転落した原告の受傷状況とも合致する。
(3) 小菅真一医師の所見
同医師は、昭和五十三年六月八日、愛知労働基準局において、原告を直接診察のうえ、意見書を作成した。その際、同医師は、昭和五二年一一月四日海南病院において撮影されたレントゲン写真の所見として「環軸偏位なく第二頸椎歯状突起基部に骨折線を認める。其の他の頸椎には異常なし」と記載し、結論部分には右所見に基づき頸腰椎の機能障害を認め、その原因の一つとして「第二頸椎歯状突起骨折」を挙げている。なお、同医師の右所見の基礎となったレントゲン写真フィルムは所在不明となっている。
ところで、同医師は、右意見書の記載が本件訴訟において争点となった後、被告からの事情聴取に応じ、右記載を否定するかのように述べているが、信憑性が薄いものである。また、他のレントゲン写真では原告の第二頸椎歯状突起骨折の所見は認められず、いずれも頸椎は異常なしとされているが、頸椎損傷のエックス線学的診断が頭蓋や歯との重複のため難しく見逃されやすいことは成書にも記載のあるところであり、これをもって右骨折の存在を否定することはできない。
(4) 鑑定嘱託の結果(昭和六三年三月二三日付け「鑑定嘱託について」と題する書面、以下「鑑定意見書」という。)について
右鑑定意見書は、原告の従前のカルテの検討及び主治医の意見について照会等を行った形跡すらないものであり、予断と偏見に満ちた杜撰なものである。
三浦隆行医師(整形外科)の鑑定意見は、「四肢のふるえ」は精神的興奮によるものとし、「疼痛」「可動域の障害」「知覚障害」については「詐病によるものか心因性のものかは専門外であり、ここに論及することは困難」として鑑定が放棄され、頸部の回旋障害、四肢麻痺については触れられていない。原告の訴える多彩な症状の原因が当初検査所見等で明らかにならなかったため、原告の訴え自体が疑われ、不当な取扱がされているものである。
柳田則之医師(耳鼻咽喉科)の鑑定意見は、難聴、耳鳴の症状は認めながら、その原因は不明というものである。
景山直樹医師(脳神経外科)の鑑定意見は、原告の多彩な症状の訴えを認めながら、他覚的所見が乏しく明瞭な他覚的異常が認められないものとして、これを理由に原告の症状の訴えを全て認めようとしないものであり、原告に対する予断と偏見から、原告の症状を心因性ないし詐病といわんばかりに扱い、障害等級第一四級という結論に至っているものであり、論外である。
右のとおり、鑑定意見書は前記(1)ないし(3)のとおり他覚的所見が存するのにかかわらずこれを見落し、また、他覚的所見を求める余り原告の訴える症状を率直に受けとめるという態度に欠けたことから、誤謬に陥っているものである。
(三) 以上の原告の諸症状及びこれを裏付ける医学的所見を総合すれば、原告が障害等級第三級の三に該当することは明らかである。
5 よって、被告は本件申立てにつき障害等級第五級の一の二より上位の等級の認定をすべきところ、事実の認定及び法令の解釈を誤った結果本件処分をしたものであり、本件処分は違法なものであるから、原告は被告に対し、本件処分の取消を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし3の事実は認める。
2 同4について
(一) 冒頭の事実のうち、原告主張の既存障害があることを認め、その余を否認し、法的主張を争う。
(二) (一)(原告の症状)のうち、
(1) 冒頭の主張を争う。
(2) (1)を認める。
(3) (2)のうち、著しい平衡機能障害(開眼にても直立極めて困難、三メートル以上の独立歩行困難)があることを否認し、その余の障害が存することを認め、その程度を争う。右症状の程度は、認定基準の「めまいの自覚症状はあるが、他覚的には眼振その他平衡機能検査の結果に異常所見が認められないもので単なる故意でないと医学的に推定されるもの」に該当し、障害等級第一四級の九に該当する。
(4) (3)のうち、原告主張の障害が存することは認めるが、その程度は争う。右症状の程度は、認定基準の「一般的労働能力はあるが、明らかな脊髄症状が残存し、就労の可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるもの」に該当し、障害等級第九級の七の二に該当する。
(5) (4)のうち、頸部の運動障害が存することは認めるが、その程度は争う。右障害は器質的障害によるものではなく、疼痛によるものであり、その程度は著しいものとはいえないから、認定基準の「軽易な労働以外の労働に常に差し支える程度の疼痛があるもの」に該当し、障害等級第七級の三に該当する。
(6) (5)のうち、原告主張の疼痛が存することは認めるが、加齢性変化である五十肩の疑いもあり、本件の受傷に起因して発症したのではない変形性腰椎症の影響もあるから、認定基準の「労働に通常差し支えないが、医学的に証明しうる脊髄症状を残すもの」に該当し、障害等級第一二級の一二に該当する。
(7) (6)のうち、原告主張の障害が存することは認めるが、右障害は本件受傷に起因して発症したものではない。
(8) (8)を争う。
(三) (二)(医学的検討)、(三)を争う。
3 同5を争う。
三 被告の主張
原告が本件事故において負傷したことによる残存障害は、次のとおり障害等級第三級の三に該当せず、原告の主張は医学上これを認めるに足りないから、本件処分は適法であり、原告の本訴取消請求は理由がない。
1 本件事故の態様
原告は、住友重機械工業株式会社川間製造所が工事を請負う近畿自動車道(名古屋~亀山線)弥富高架橋その一(上部工)工事(工事場所ー海部郡弥富町大字五明川平外地内)の下請負業者である藤本組に、昭和四九年七月一〇日から常備大工として雇用され、右工事に従事していたが、昭和四九年一一月一二日午前一〇時五〇分ころ、右作業現場の道路中央分離帯の橋桁P一二附近において、下部工の型枠を解体・清掃の作業を行うため作業道具を携帯し、高架橋の上部から下部工に降りようとしてコンクリート床版の下部に取り付けられている張出し部の支保工(木材九〇cm×九〇cm×長サ二〇〇〇cm)の上に足を乗せたところ、支保工を下から支えていたサポートが外れていたために支保工が身体を支えることができず、その弾みで地上九・八メートルの地点から転落し受傷したものである。
2 原告の傷害等級
(一) 飯田宗穂医師の所見について
(1) 飯田医師は、昭和五三年五月一一日付け診断書において、「頭書の疾患により、頭痛、頸胸部痛、腰痛甚しく、労務不能と認めます」と診断しているが、右労務不能の判断は、労災認定を念頭に置いてなされたものではなく、また、診断の根拠がないまま、「頭痛」の症状を中心に診断書が書かれているものであって、右診断書に、たまたま「労務不能」の記載があることを理由に労働者災害補償保険法の「労務不能」の判断に結びつけようとする原告の主張は早計である。
(2) 飯田医師は、原告が転落後、海南病院に収容された際の状態を推測して、意識は朦朧状態であったと思うと証言しているが、右憶測はそれ自体ナンセンスである。
かえって、カルテの初葉には、原告が海南病院に収容された際の状態が、担当の福原医師により的確、明瞭に記述されており、同カルテによれば、第一行目に先ず「意識あり」と記載されており、意識不明の状態ではなかったことは明らかである。
(3) 飯田医師は、原告の障害の原因について、外傷によって歯状突起骨折による環軸関節の脱臼によるものと説明し、原告は右飯田証言の論旨は明解というべきである旨主張する。
しかし、飯田医師の専門は一般外科で、主として消化器外科に携わった者であり、整形外科の専門書「頸椎の外科」を引用して説明するも、右文献は同人が証人出廷するに際し初めて勉強したような次第で、飯田医師は、当時、頸髄損傷についての医学的知識すらなかったものである。
また、飯田医師が原告の障害の原因として指摘する「環軸関節の脱臼」について、平林茂医師(昭和六二年三月一八日、当時、勤務先の東京大学医学部附属病院整形外科で原告を診察し、検査結果につき診断している。)は、飯田医師の関軸関節の脱臼を前提とした所見を明確に否定している。平林医師が専門とする研究領域は整形外科のうちの脊髄疾患に関する分野であり、同医師の経歴、経験からも右平林所見は十分信頼し得るものであり、前記の飯田医師の所見は誤りである。
(二) 平林茂医師の所見について
(1) 原告は、平林医師の診断書においても、頸椎回旋障害、四肢麻痺及びC1骨折による同部位での頸椎損傷を認めているものとして、「C1骨折」を強く主張している。
しかし、平林茂証人(以下「平林証人」という。)は、この点について、レントゲン写真の所見としてC1骨折を否定している。
そして、中部労災病院脳外科における昭和五二年一一月一七日撮影のレントゲンフィルム及び東京大学医学部附属病院における昭和六二年三月一八日撮影のレントゲンフィルムを示して、それぞれ画像診断を求めたところ、平林証人は、レントゲン写真においてC1骨折を否定している。
なお、神経損傷と骨折の有無に関しては別問題であり、「骨折線」に関する原告の主張は、そもそも的を得ていないものである。
(2) また、初診時から原告を治療した海南病院の飯田医師及び服部病院の服部浩士医師等による診断書の所見においても、いずれも「C1骨折」を認める所見はみあたらないが、このことは平林証言の正当性を裏付けるものであり、さらに、昭和五二年一一月二七日付け中部労災病院伊藤博治医師の意見書の「頸部X線写真にて異常を認められない」との記述も同様である。
そして、鑑定意見書において三浦隆行医師も「頸椎および腰椎のX線検査を施した。頸椎単純X線像に異常所見は見られない」旨診断し、また、同様に名古屋大学医学部脳神経外科教授景山直樹医師も「頭蓋骨、頸椎共、X線学的に異常を認めず、CTでも正常である」と判断している。
(3) 平林医師は初診である原告について、限られた診察時間の中で医師として、患者(原告)本人の認識に基づくデータを基に判断を示したもので、平林医師の診断としては、あくまで頸髄損傷の疑いという域を出ていないのである。
原告が平林医師の所見に基づいて障害等級第三級の三に相当すると主張するのは全く理由がないと言わなければならない。
(三) 小菅真一医師の所見について
原告は、小菅真一医師の意見書に「環軸偏位なく第二歯状突起基部に骨折線を認める」と記述されているところから、小菅医師の所見はC2の歯状突起骨折自体が脊椎を圧迫しているとの所見と考えられる旨主張する。
(1) しかし、小菅医師は右記述の真意について、一般に臨床的にはC2の骨折も疑えるということで、第二頸椎歯状突起骨折と診断した趣旨ではない旨説明し、また、昭和五二年一一月一七日中部労災病院脳外科において撮影されたレントゲンフィルムと昭和六二年三月一八日東京大学医学部附属病院整形外科において撮影されたレントゲンフィルムについて画像診断を求めたところ、同医師は、いずれのレントゲン写真も十分注意して見ても、レントゲン写真上骨折像を認めることはできない旨を明言している。
(2) 原告が指摘する小菅医師の右所見については、三浦隆行医師の鑑定意見書の記載をみても何ら指摘されておらず、このことからも明らかなとおり、原告の小菅医師の所見についての主張は理由のないものである。
(四) 結論
原告は、原告の障害等級が第三級の三に該当する根拠として、本訴訟における飯田医師の所見、平林医師の所見、小菅医師の所見を摘示するが、以上に述べたとおり、いずれもその理由はなく根拠たり得ない。
3 原告の症状
(一) 独立歩行の困難性について
原告は独立歩行の可否の状況について、「右上下肢の疼性麻痺が強く、開眼にても直立極めて困難、三メートル以上の独立歩行困難という著しい平衡機能障害がある」と主張しているが、本人尋問の結果によれば、「向こうを向いて歩いてみなさいと言われ・・・・一〇歩か一二、三歩、歩いた」と供述し、歩行検査時に何も支えなしに歩行している。また、「杖を使わない時は二〇メートル、せいいっぱい三〇メートル」歩けると供述しているように、三メートル以上の独立歩行困難との原告の主張は事実に反しているものである。
(二) 平衡機能障害について
中部労災病院伊藤博治医師の意見書における平衡機能検査において、ロンベル氏現象、コレ氏テストはいずれも「陰性」であることが認められ、異常所見はない。
さらに鑑定意見書において名古屋大学医学部耳鼻咽喉科柳田則之医師及び同精神神経科小林進医師も、これを認める所見はない。
(三) 脳の障害について
飯田医師は、脳の障害を認めておらず、また、鑑定意見書において名古屋大学病院医学部脳神経科教授景山直樹医師も、脳に関する障害を認める所見は認めていない。
(四) 知覚、疼痛等の程度について
原告の東京大学医学部附属病院整形外科診療録中、原告の問診の際による知覚、痛覚の程度を示す人体図や問診テストによれば、「口の周辺のみ知覚可、他の部分、頭部から下肢まで全域において全て脱失している」と図示記録されているが、飯田医師作成の労働者災害補償保険障害(廃疾)の状態に関する診断書(昭和五四年二月二八日付、昭和五五年二月六日付、昭和五六年二月一〇日付)等の「障害(廃疾)の状態の詳細」欄では、腰(右側)・大腿疼痛しびれ、知覚鈍麻について特定の部位での知覚鈍麻以外は認めていない。
また、国民年金・福祉年金診断書(飯田医師作成)によれば、頸部より四肢にかけてのみ知覚鈍麻としており、他の部分部位についての知覚、痛覚の脱失は認めていない。
なお、知覚、疼痛の程度については、客観的に判断しにくいもので、本人が正しく検査に応じていることが大前提のことであり、証拠価値の評価として疑問がもたれるところでもある。
(五) 上肢の運動(挙上)制限について
国民年金・福祉年金診断書の「肩関節欄」の記載によれば、自動六〇~〇度と証明されており、自力にて六〇度の挙上は可能である。そして、関節運動筋力は半減と認められていることから、挙上制限は認められるも運動領域は六〇度~〇度の範囲は可能であると認められる。
(六) 日常生活動作の障害の程度について
国民年金・福祉年金診断書によれば、上衣着脱、つまむ、握る、顔を洗う、便所の処置をする、歩く等の動作についても全く不能とする状態とは認められず、「ひとりでうまくできる」または「ひとりでできても、うまくできない」等の状態である。
また、両上肢の握力の程度についても、昭和五二年一月三〇日の診断書では、左、右とも、それぞれ握力数値八を示し、昭和五四年二月二八日の診断書では、右一一、左八を、さらには、昭和五五年二月六日診断書では、右一九、左一三の数値の診断がされている。
これらの数値は、二〇歳ぐらいの男子の概ね三分の一程度の握力を保有しており、日本人の二〇歳ぐらいの男子では右五〇、左四二、女子では、右三二、左三〇(単位kg)前後である)、(ママ)「つまむ、握る等の動作は全く不能」とは到底考えられない。
(七) ところで、原告は、自動車運転免許証の交付を受けており、定期的に行われる更新時の適正検査に合格(ちなみに、付されている「条件」は眼鏡使用のみである)している。
この免許取得及び更新の事実は、自動車の運転に必要とされる動作、操作等が可能であることを裏付けており、第三者機関の判断として極めて重要である。
原告の障害の程度は、四肢等にそれなりの障害が残存するとしても、自動車運転の免許が付与されている事実からもその操作可能な程度の障害と判断されるものである。
4 鑑定意見書に対する原告の主張について
原告は、鑑定意見書は、「予断と偏見に満ちた杜撰なものである」と批判する。
しかし、本件鑑定には鑑定の方法に非難されるべき事柄はなく、その結果は、高く評価されなければならない。原告の主張は、何ら医学的根拠のない単なる不満を表明しているものであり、到底、容認し得ないものである。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これらを引用する(略)。
理由
一 請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。
二 請求原因4について検討する。
1 本件処分は、原告の残存障害について、障害等級表上の神経系統の機能障害の系列に属することを前提として障害等級第五級の一の二(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの)に該当するとの認定をしたものである。これに対し、原告は、原告の残存障害が障害等級表上の神経系統の機能障害の系列に属することについては争わず、これを前提としたうえで、神経系統の機能障害の系列における右等級の直近上位の等級である第三級の三(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの)に該当するものと主張する。
そこで、原告の残存障害が神経系統の機能障害として障害等級第五級の一の二より上位の等級に該当するか否か、すなわち、少なくとも障害等級第三級の三に該当するか否かについて判断するものとする。
2 原告の残存障害として、頭痛、耳鳴等の神経症状、眩暈、胸痛、頸腕痛、両指への拡散、頸部より両上肢、胸背部への放散痛、腰部及び下肢への放散痛、左手指の疼痛及び両手に力が入らず握力減退等の自律神経障害、右手の振せん、痙性跛行等の錐体外路症状、右手指の運動障害、頸部の運動障害、腰部から右下肢にかけての疼痛等の諸症状が存することは当事者間に争いがなく、右事実に、いずれも成立に争いがない(証拠略)、原本の存在は当事者間に争いがなく、その成立は原告本人尋問の結果により認められる(証拠略)、原本の存在は当事者間に争いがなく、その成立は弁論の全趣旨により認められる(証拠略)、いずれも原本の存在は原告本人尋問の結果により認められ、その成立は当事者間に争いがない(証拠略)、いずれもその趣旨及び方式により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき(証拠・人証略)、中部労災病院において昭和五二年一一月一七日原告の頸部を撮影したレントゲン写真であることが当事者間に争いがない(証拠略)、東京大学医学部附属病院において昭和六二年三月一八日原告の頸部を撮影したレントゲン写真であることが当事者間に争いがない(証拠略)、並びに弁論の全趣旨を総合すれば次の事実を認めることができる。
(一) 原告は、昭和四九年一一月一二日、愛知県海部郡弥富町大字五明川平外地内において、近畿自動車道(名古屋・亀山線)弥富高架橋その一(上部工)工事に作業員として作業に従事中、地上九・八メートルの地点から地上に転落し、右転落事故により頭頸部、胸部、腰部等を負傷した。原告は、右事故後直ちに海南病院に収容され、頭部打撲挫創、胸部挫傷、肺損傷、腹部腰部挫傷、第一ないし第四腰椎左横突起骨折、血尿、第四、五棘突起骨折、第四腰椎椎体骨折、外傷性耳鳴、第一腰椎圧迫骨折、頸椎捻挫と診断され、昭和五〇年一一月二一日まで入院加療し、その後、同病院で通院加療の結果、昭和五三年一月三一日、症状固定と診断された。
原告は、右転落事故後、意識はあったものの、海南病院入院時は呼吸困難著明、血圧測定不能という状態であり、右入院時の原告の記憶は欠落している。
なお、原告は、右海南病院入院中、昭和五〇年一〇月二四日、外泊許可を得て外出できるまでに回復したが、外出先において眩暈、頸部痛等を訴えて中部労災病院に一時救急入院した。
(二) 原告は、海南病院入院中から頸部から後頭部にかけての痛み、耳鳴、眩暈、頸部から両上肢、胸背部への放散痛、腰痛、右下肢の放散痛、しびれ感、冷感等多彩な症状を訴えたが、他覚的所見に乏しく、右症状の原因が不明であったため(ただし、海南病院の担当医師は、昭和五二年一一月四日撮影した原告の頸部レントゲン写真の所見から第二頸椎骨折を疑っていたが、確定的な判定には至っていない。)、昭和五二年一二月一七日、中部労災病院において精密検査を受けたところ、右症状の他に嗄声、両頂部から肩胛上部にかけての圧痛、右肩挙上制限、右背中の痛み、左手指屈曲不充分、右胸痛、腰痛、右下肢の麻痺等を訴え、顎関節の異音、頸部の回旋・屈伸運動の強い障害、右手振せんが認められたものの、頭部レントゲン写真及び頸部レントゲン写真では異常がないものと判定され、その他、脳波検査に異常はなく、平衡機能検査としてロンバルウ氏現象、コレ氏テストはいずれも陰性であり、胸背部には異常を認められなかった。原告の症状は精神的緊張によって増減が見られ、頸部運動は全く不能の時と、かなり良い時とがあった。
また、原告は、眩暈の原因を調べるために、昭和五〇年五月一三日、名古屋第一赤十字病院耳鼻科において検査・診察を受け、両耳管著変なく、軽度感音性難聴あり、平衡機能検査にて、自発眼振なく、温度性眼検査にて異常を認められず、立ち直り反射は開眼及び閉眼共に極めて著しく障害あり、偏倚検査では偏倚傾向一定しないが上肢の振せん著しく書字不能、足踏検査ではジクザク歩行高度との所見により、中枢性眩暈症(頭部外傷後遺症)、両側感音性難聴と診断された。
(三) 被告は、本件申立を受けて、愛知労働基準局医員伊藤博治医師に原告の残存障害等について意見を求めたところ、同医師は、前記中部労災病院における検査結果等(なお、同病院において前記検査・診断を行ったのは同医師である。)を参考にしたうえ、「労働するという点より総合的にみて現在の状態では極く軽易な労務にしか服し得ないものと思う(第五級の一の二)」との意見を提出し、被告は右意見、前記海南病院における診断及び前記中部労災病院における診断等を参考にして本件処分をした。
(四) 原告は、本件処分を不服として、海南病院飯田宗穂医師作成の「頭部外傷後遺症、腰椎骨折後遺症。頭書の疾患により、頭痛、頸胸部痛、腰痛甚しく、労務不能と認めます。」との診断書及び名古屋第一赤十字病院における前記診断の結果を記載した証明書を添付して愛知労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をした。右審査官は、これを受けて、海南病院における原告の主治医である飯田医師から口頭で意見を聴取し、さらに、名古屋第一赤十字病院耳鼻科で原告の検査・診察をした萩原啓二医師からも口頭で意見を聴取した(その際、同医師は、原告を診察したのは昭和五〇年五月一三日の一回だけであり、頭位眼振検査、頭位変換眼振検査時には原告が頸部痛を訴え、検査不能であった旨述べている。)。
さらに、右審査官の依頼を受けた愛知労働基準局医員小菅真一医師は、昭和五三年六月八日愛知労働基準局において原告の診察をし、その際の主訴として、脊椎運動制限、項、腰部痛、歩行の軽度の不自由、他覚的所見として、脊椎運動の強い制限、脊椎の打痛、右手の振せんをそれぞれ認め、飯田医師の意見及び海南病院において昭和五二年一一月四日撮影した原告のレントゲン写真等を参照しての総合所見として、右手振せん著明、開口障害なきも音あり(変形性顎関節症)、頭部レントゲン写真所見及び脳波には異常なし、項、肩の疼痛あり、右肩関節疼痛及び挙上障害(変形性肩関節症)、胸部レントゲン写真異常なし、やや痙性跛行を認める、平衡機能著しからずとしたうえ、昭和五二年一一月四日海南病院において撮影した原告の頸部レントゲン写真の所見として「環軸偏位なく、第二頸椎歯状突起基部に骨折線を認める、その他頸椎に異常なし、第四腰椎に圧迫骨折像あり、腰椎Ⅰ~Ⅱ椎間腔狭小と骨棘形成(変形性腰椎症)、右腰椎Ⅰ~Ⅳ横突起骨折あり、骨ゆ合なし」との判定をしたうえ、以上より、神経障害、頸腰椎の機能障害(第二頸椎歯状突起骨折、第Ⅳ腰椎椎体圧迫骨折、右Ⅰ~Ⅳ腰椎横突起骨折)などが臨床的に認められるとの診断をした。
(五) 原告は、昭和六二年三月一八日、東京大学医学部附属病院整形外科外来で受診し、同科平林茂医師から頸部レントゲン写真の撮影を含む診察を受けたところ、右レントゲン写真上第一頸椎に骨折様の不連続線が認められたため、同医師は、原告の第一頸椎にジェファーソン骨折の跡があるものと判定し、原告の主訴及び検査の結果を総合して、頸髄損傷との診断をし、原告の神経麻痺症状は頸髄損傷に起因するものであり、頸部の回旋異常は右第一頸椎骨折に起因するものとの判断に至った。ただし、右判断は、平林医師が原告を一度診察しただけで、その主訴等を前提としてしたものであり、精密検査をしたうえでの確定的な診断とはいえず、正確には頸髄損傷の疑いという趣旨であった。なお、一般的には第一頸椎にジェファーソン骨折があればその内側にある第二頸椎歯状突起が脊髄を圧迫する可能性があり、また、第一頸椎は頸部の回旋運動に重要な役割を有していることから、これに骨折があれば頸部回旋異常が生じる可能性があるものであり、原告の症状の原因を矛盾なく説明できるものであった。
(六) 原告は、昭和五四年以降毎年二月に労働者災害補償保険障害の状態に関する診断書を被告に提出して、障害の状態についての報告をし、その他原告の症状について身体障害者診断書、国民年金・厚生年金保険診断書等多数の診断書が作成されているが、右各診断書によれば、原告は、耳鳴、眩暈、歩行困難、振せん、跛行、疼痛、知覚異常、頸部運動障害等の症状が継続しているが、その程度については変動があり、昭和五五年二月八日の名古屋第一赤十字病院耳鼻科萩原啓二医師の診断の際には、「右上下肢の痙性麻痺強く、閉眼のみならず開眼でも直立極めて困難、歩行試験にても開眼にて三メートル以上の独立歩行不能、開眼にては歩行全く不能」という状態であったのに、その後の診断書及び原告の供述によれば、杖等の補助具を使用しないでも約二〇メートルないし三〇メートルは独立で歩行可能であり、杖を使用すれば約五〇メートル、車椅子につかまれば約一キロメートルは歩行が可能という状態である。また、原告は、日常生活において通常歩行時には杖や車椅子を使用し、付添人の介助を受けて生活しているが、つまむ、握る、さじで食事をする、洗顔、用便の始末、かぶりシャツの着脱、ズボンの着脱、坐る、歩く、立ち上がる、といった動作はうまくはできないが一人ですることが可能であり、箸を使う、タオルを絞る、紐を結ぶ、シャツを着てボタンをとめる、靴下を履く、階段の昇降といった動作は一人では全くできない状態であり、常時、頸部磁性コルセットを装着している。書字については、右手振せんのため緊張時にはその程度が著しくなり不能となる場合もあるが、平静時には振せんのため拙い字ではあるが書字は可能である。さらに、原告は、昭和五〇年一一月ころから昭和五二年九月ころは自動車の運転をすることもあり、その後も定期的に自動車運転免許証(眼鏡使用を条件とする。)の更新を受け、その際行われる適正検査にも合格している。
(七) 原告は、昭和五六年一二月、身体障害者福祉法一五条に基づき同法別表の身体障害等級表の二級の認定を受け、障害の内容として「頸髄損傷による四肢しんせん麻痺、歩行起立位不能、平衡機能の著しい障害」とされている。
3 以上認定の転落事故の態様、医学的所見、原告の症状、日常生活の状況等を総合して原告の残存障害について考察する。
(一) まず、原告の平衡機能障害について、原告には内耳障害による平衡機能障害を示す他覚的所見は存しないうえ、眼振その他客観的な平衡機能検査に異常は認められず、原告の脳にも他覚的異常を示す所見は窺えないものの、眩暈、ジグザグ歩行、立ち直り反射の障害等平衡機能障害を示す所見が存することから、中枢性平衡機能障害が存することが認められる。ただし、原告は約二〇ないし三〇メートルの補助具なしの独立歩行が可能であること、平衡機能検査等において他覚的異常は認められないことなどを勘案すると、著しい平衡機能障害という程度には至っていないものと考えられる。
(二) 次に、原告には、右手の振せん、痙性跛行等の錐体外路症状、左手指の運動障害、頭部及び頸部の疼痛、耳鳴、胸痛、頸腕痛、上肢及び下肢への放散痛、四肢麻痺、知覚異常等の多彩な神経症状が存するものの、その原因として明瞭な他覚的異常所見が認められず、また、頸部の運動障害についても、その原因が他覚的に明確にならないことから、専ら原告の主訴及びこれを前提とした検査結果に依拠しなければならず、これら残存障害の程度を判定するには困難が伴うものである。
しかしながら、小菅医師が海南病院における頸部レントゲン写真を観察して得た所見によれば、原告の第二頸椎歯状突起基部に骨折線が存するというのであり、また、平林医師が東京大学医学部附属病院整形外科において原告の頸部レントゲン撮影を行い、診察した結果によれば、確定的診断ではないにしても第一頸椎(これは第二頸椎歯状突起の外側に環状に存在するものである。)にジェファーソン骨折を窺わせる骨折の跡が存するというのであるから、右両医師の所見を総合すれば、原告の転落事故の衝撃により第一、二頸椎に骨折が生じ、これにより脊髄を圧迫したため、原告の前記症状を発症せしめたものと医学的に説明することができる。なお、(証拠略)によれば、小菅医師は平成元年五月一二日に愛知労働基準局労働事務官による事情聴取に応じ、原告の海南病院における頸部レントゲン写真上第一頸椎歯状突起基部に骨折線が存するとの前記所見を覆し、右所見はレントゲン写真を観察した結果ではなく、原告の主訴に基づいて診断した結果である旨述べているが、前記所見を記載した昭和五三年六月二〇日付意見書(<証拠略>)の記載方法及び内容に照らせば、前記所見はレントゲン写真の観察の結果であるものと解するほかないから、右供述は信用できない。また、同医師は、右事情聴取の際、中部労災病院における原告の頸部レントゲン写真及び平林医師の前記診断の前提となった東京大学医学部附属病院における原告の頸部レントゲン写真を示されて、骨折の所見の有無を尋ねられて、その存在を否定しており、さらに、右中部労災病院におけるレントゲン写真上原告の頸部の異常を窺わせる所見は認められず、鑑定嘱託の結果(第二回)においてもレントゲン写真上原告の頸部に異常所見は認められないものとされているが、原本の存在及び成立に争いがない(証拠略)によれば、一般に頸椎のレントゲン写真像においては下顎や頭蓋底と重なってしまい明瞭な所見を得ることが困難であることが認められるから、これらのレントゲン写真上異常所見が認められず、あるいは診断者によって異常所見がないものと判断されたものとしても、前記第一、二頸椎の骨折の所見を否定することはできない。そうすると、原告の前記諸症状が右骨折により医学的説明が可能となること及び原告の転落事故の状況からしてかかる骨折が生じる可能性が高いものと考えられること、また、前記平林所見によれば、第一頸椎の骨折によって第二頸椎歯状突起を圧迫し、さらに頸髄を圧迫する可能性があり、同時に第一頸椎は頸部回旋運動に重要な役割を果たしているから、右骨折により頸部回旋異常が発生する場合があることをも総合すると、原告には第一、二頸椎に骨折が生じ、これが原因となって頸髄に圧迫が生じ、頸髄損傷を惹起せしめ、原告の前記神経症状の原因となっていること、原告の頸部運動障害は原告の右骨折に起因するものであること、以上の事実を推認するのが相当である。
ところで、鑑定嘱託の結果(第二回)提出された鑑定意見書によれば、原告の頭部について鑑定をした名古屋大学医学部脳神経外科景山直樹教授は、原告の症状について、脳を含む中枢神経には外傷性変化はなく、頸神経の領域に末梢神経刺激症状を考えさせる症状が残っている可能性があるから、外傷性頸部症候群と診断したうえ、程度が軽いものとして、障害等級第一四級に該当する旨の鑑定をしているが、右鑑定は、原告の頸椎に他覚的異常が存しないことを前提としたうえ、多彩な異常を訴える原告の主訴の原因として詐病ないし心因性の要素を想定した結果得られたものであるところ、右前提が失当であることは前記判示のとおりであるから、右鑑定嘱託の結果を採用することはできない。
(三) 以上の検討の結果によれば、原告の残存障害は、中枢神経及び脊髄の障害と認められるから、前記認定にかかる原告の諸症状を総合評価したうえその労働能力に及ぼす影響の程度を考察すべきところ、原告には平衡機能障害は認められるがその程度は著しいものとはいえないこと、頸髄損傷に基づく種々の神経症状及び頸髄損傷ないし第一頸椎骨折に基づく頸部運動障害が認められ、その程度は軽いものとはいえないが、前記歩行能力、日常動作における障害の程度等を総合勘案すると、原告の残存障害の程度は、神経系統の著しい障害のため、終身にわたり極めて軽易な労務のほか服することができないものと評価することはできるものの、右程度以上に、終身にわたりおよそ労務に服することができないものとまで評価することはできないものといわざるを得ない。
なお、前記鑑定嘱託の結果によれば、原告の整形外科的症状について鑑定した三浦隆行医師はせき柱の障害が存する可能性を示唆するものであるが、原告には前記のとおり脊髄損傷に基づく重い神経系統の障害が存するものであるから、せき柱の障害が存するものとしても神経系統の障害として総合的に判断すべきものである。右鑑定嘱託の結果によれば、左第一ないし第四腰椎横突起に偽関節形成、第一、二腰椎椎間板が狭小化し骨棘形成、第一腰椎軽度楔状、第四腰椎変形が認められるから障害等級第一一級の五のせき柱に奇形(変形)を残すものに該当し、さらに、前記認定のとおり第一頸椎骨折に基づく頸椎の著しい運動障害が認められるから障害等級第六級の四のせき柱に著しい運動障害を残すものに該当するが、結局、右両障害を、成立に争いがない(証拠略)により認められる認定基準の併合の例に従い上位の障害等級第六級の四に該当するものと評価すべきことになるところ、これを前記神経系統の障害と総合的に判断すると、前記のとおり終身にわたりおよそ労務に服することができないとまでは評価できないとの判断に影響はない。
なお、原告は、前記認定のとおり身体障害者福祉法及び同施行規則上の身体障害者等級表による二級の認定を受けているものであるが、同法及び同規則上の障害等級と労働者災害補償保険法による障害等級とは、その趣旨、目的、認定基準を異にするのであるから、障害の程度は格別に認定すべきものであり、身体障害者等級表による二級の認定を受けていることは本件の障害等級の判断に当たり何ら影響を及ぼすものではない。
(四) 原告が、右手第二ないし第四指欠損の既存障害を有することは当事者に争いがないものであるのが、右既存障害は、前記認定の神経系統の障害とその部位を異にするから、「同一の部位について障害の程度を加重した場合」(労働者災害補償保険法施行規則一四条五項)に該当しないことは明らかであり、本件残存障害を右既存障害の加重障害とすることはできない。
(五) よって、原告の残存障害の程度は、障害等級第五級の一の二に該当すると判断するのが相当であり、これより上位の障害等級第三級の三に該当するということはできないから、これと同旨の本件処分に原告主張の事実認定及び法令適用の誤りがあるとはいえず、本件処分は違法な処分とはいえない。
三 以上によれば、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 清水信之 裁判官 遠山和光 裁判官 根本渉)